大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(オ)1215号 判決 1978年10月05日

上告人

山中元吉

右訴訟代理人

立野造

長沢正範

被上告人

水谷須洋

水谷初美

主文

上告人の本訴請求中損害賠償請求を棄却した部分(原判決主文二3(2))に関する原判決を破棄し、右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

上告人のその余の上告を棄却する。

前項の上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人立野造、同長沢正範の上告理由第二、一、(一)について

特定物引渡請求権(以下、特定物債権と略称する。)は、窮極において損害賠償債権に変じうるのであるから、債務者の一般財産により担保されなければならないことは、金銭債権と同様であり、その目的物を債務者が処分することにより無資力となつた場合には、該特定物債権者は右処分行為を詐害行為として取り消すことができるものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三〇年(オ)第二六〇号同三六年七月一九日大法廷判決・民集一五巻七号一八七五頁)。しかし、民法四二四条の債権者取消権は、窮極的には債務者の一般財産による価値的満足を受けるため、総債権者の共同担保の保全を目的とするものであるから、このような制度の趣旨に照らし、特定物債権者は目的物自体を自己の債権の弁済に充てることはできないものというべく、原判決が「特定物の引渡請求権に基づいて直接自己に所有権移転登記を求めることは許されない」とした部分は結局正当に帰する。

論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

同第二、一、(二)について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二、二について

原判決は、鑑定人広瀬久男の鑑定の結果によれば昭和四八年三月一日当時における本件物件の価格は、上告人の賃借権の存在を考えると二九六万円であることが認められる、と判断した。しかしながら、右鑑定の結果を検討すると、右金額は、本件物件の価格から本件貸室部分の賃借権価格を控除した額ではなく、本件貸室部分の土地建物の価格から賃借権価格を控除した額であつて、本件貸室部分を除いた部分の土地建物価格が含まれていないのであるから、原判決が右金額をもつて直ちに本件物件の死因贈与契約の履行不能による填補賠償額とし、上告人の損害賠償請求のうち二九六万円及びこれに対する昭和五一年三月二〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払請求を超える部分を棄却したのは、理由不備の違法があるというべきであり、論旨は理由がある。

それゆえ、原判決中、右請求棄却部分は破棄を免れず、右破棄部分につきさらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、その余の部分に関する上告は理由がないから、これを棄却することとする。

よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤崎萬里 団藤重光 本山亨 戸田弘 岸上康夫)

上告代理人立野造、同長沢正範の上告理由

第一、本件訴訟の概様<省略>

第二、上告理由

一、原判決が上告人の本件物件自体に対する請求(死因贈与を原因とする上告人への所有権移転登記手続請求)を否定した判断は、①詐害行為取消の法理につき民法四二四条、四二五条の解釈の誤り又は審理不尽、②登記なくして対抗しうる背信的悪意者につき法律適用の誤り、又は審理不尽、の各違法がある。

(一) 詐害行為取消法理の解釈の誤り又は審理不尽

1 原判決は、典尾・被上告人須洋間の贈与を詐害行為として取消し、且つ、典尾・上告人間の死因贈与契約の成立を認定し、しかも典尾が昭和四九年八月一九日に死亡したことを認めながら、上告人の本件物件の登記請求を否定した。その理由を原判決は、「債権者取消権行使の結果、被告須洋から取戻された本件物件は、債務者典尾の一般財産として回復され、総債権者(原告以外に被告らが債務を有しないことを認めるに足る資料はない。)の共同担保となるのであるから……特定物の引渡請求権に基づいて直接自己に所有権移転登記を求めることは許されない。」と判示するのである。

この問題は、一般に、特定物債権に基き詐害行為取消権を行使し、同取消の際同特定物を債権者が自己に引渡を求めうるかという形で議論されているものであり、周知の通り、特定物債権に基く詐害行為取消権が昭和三六年七月一九日の最高裁判例で肯定されて後、詐害行為取消法理のうちで残された最重要な問題の一つである。そして、本問題に関して最高裁判例は存在せず、また、参照されるべき下級審判例もなく、判例法理上未解決な問題である。しかも学説上も見解の分れているところであるが、ここに上告人は、これを肯定する有力な学説に従い、特定物債権者は取消後債務者に回復した目的物を直接自己に引渡等請求しうるものと考え、当上告理由を記すものである。しかも後述のように、本件は当問題の典型事案に比べ一層それを肯定すべき理由があると考えるのである。

2 この問題を肯定するか否かは、詐害行為取消権(制度)の本質理解に大きく依存する。原判決は簡単に「総債権者の共同担保となるのであるから……」と判示するが問題はそれほど簡単ではあるまい。そもそも「総債権者の共同担保」=「総債権者の利益の為にその効力を生ずる」(民法四二五条)とはいかなる意味、いかなる強さを有するのかが根本的な問題なのであり、単に「総債権者の利益のために効力を有する」従つて特定物引渡請求は認められない、と述べるのは問をもつて問に答えるに等しい。そして、それを検討するにはおそらく詐害行為取消権の全般に渡る検討を要するものであり、当上告人らの十分なしうるところではないが、以下数点の指摘をしたい。

詐害行為取消権(制度)は、破産のような債務者の債務の総清算を目的とするものでなく、特定の債権の保全をすることを目的とするとされており(我妻・債権総論一七八頁)、従つてその成立要件はひとえに特定(個別)の債権をめぐつて設定され、また取消の範囲も取消債権の債権額の限度に限定され、従つてまた、その取消の効力も取消債権者と訴訟の被告たる受益者・転得者の関係においてのみ相対的に生じるとされるのであり、このように詐害行為取消権の要件・範囲・法律効果にあつてはすべて当該取消債権(者)と債務者、受益者等との個別的な関係にすぎないのである。ところが、一転して取消(後)は総債権者の利益の為に効力を生じると規定されており、この間に明らかに制度の不統一があるのであるが、右のように要件・範囲・法律効果等詐害行為取消権の中心的部分においてその観点を個別(特定)債権の保全に限定している以上「総債権者の利益」の意味は消極的効果、いわば結果的な利益に近いものと考えるべきである。板木郁郎教授が、これにつき「他の債権者もまた弁済に与かりうることは、どこまでも取消の「結果」に過ぎないのであつて、かかる結果が認められていることから逆に推理して、取消がこれを目的としているものとみることは正しくない。それは正に差押財産につき一般債権者に配当加入権が認められているからといつて個々の差押または強制執行が一般債権の満足を目的とするものと言えないことと、その理を同じうする。」と述べる(板木民商法雑誌四六巻二号一三〇頁)ところである。そして、この「総債権者の利益」の意味は、単に消極的に取消の結果復帰した財産について取消債権者は法律上優先弁済権を有するものでないこと、換言すれば、一般債権者は配当要求の手続をすれば弁済に与かりうることを示すものであり、それ以上の目的をもつものではない(板木・右同頁)と解されるのである。このように考える以上、特定物債権者は回復した目的物を自己に引渡等請求しうることは当然であると考えられる(板木一三一頁)のである。

また、この結論は、柚木馨博士にあつても「取消債権者はそのうけたものをもつてそのまま自己の債権の弁済にあてうるものと解すべきである。けだし破産手続以外においては弁済期に達した債権の債権者は何人といえどもその債権の全部を請求しうる権利を有するのであり、しかして被告たらざる債務者はその目的物の返還請求権を有しないから債権者がそのうけたるものをもつて自己の債権を満足せしめることに適法な異議を主張しうるものは存しないからである。」(柚木・高木補訂判例債権法総論二三二頁)とされ、是認されているところである。

3 本問題を消極に解する議論は「総債権者の利益」を強調する立場からなされるのであるが、しかしひるがえつて、本問題を積極に解することは、総債権者の正当な利益をそれほど害する結果に至るのであろうか。一般債権者は取消訴訟に参加したり、破産手続によつたりする方法が認められているのであり、それらの法律上の手続をとればよいのである。取消債権者は、必ず訴訟を提起して取消を求めざるをえず、長時間を費し困難な訴訟を追行して取消を求めている。自己の権利行使(平等配当要求)の法律上の方法がありながら、挙手傍観している一般債権者を保護するために取消債権者に特定物引渡等を否定するのは、あまりにも過大な利益保護ではないだろうか。

また、仮に特定物の引渡請求を認めることが、どうしても総債権者の利益に反し許されないとしても、当該債務者には取消債権者以外に債権者がいない場合はどうであろうか。この場合でも抽象的・一般的に「総債権者の共同担保となる」からとして取消債権者の特定物引渡請求等を否定するのであろうか。債務者は唯一の財産として一個の不動産を有し、取消債権者にそれを譲渡し、その後受益者に同不動産を贈与し、債務者には他に債権者がいない場合(本件がまさしくこの場合なのである)、その贈与が詐害行為として取消されれば、唯一の債権者たる取消債権者の同不動産に対する引渡請求を認容するのが最も合理的な解決方法である。このような場合でも、取消債権者は、特定物の引渡請求が許されないとすればその物を強制執行で換価して金銭賠償を求めることになろうが、周知の通り強制競売は市価より著しく安価にならざるをえず、必ずや、取消債権者の損害賠償債権は満足されることがなかろう。そして残額を将来にわたつて債務者に請求していくことになる。このような結果は、あまりに不合理である。総債権者の利益の観点から取消債権者に対する特定物の引渡請求を制限するとしても、他に債権者のいない場合は、その引渡請求を許容すべきであり、その範囲で十分に取消債権者の利益と総債権者の利益の調和を求めることができる。本件にあつて上告人以外に他に債権者は存在していない。原判決は( )書の中で「原告以外に被告らが債務を有しないことを認めるに足る資料はない」と判示するが、これは他に債権者がいなければ上告人の本件登記手続請求を認めるという趣旨であるのかもしれない。とすれば、原裁判所はその点の審理を尽すべきであり、何ら審理せずしてそれを認めるに足る資料がないと断すべきでない。本件のように全く判例がなく、従つて原裁判所がいかなる論点で判断を下すか予測しえない状況で、すべてに亘つて予め主張、立証することは困難だからである。

4 以上述べたように、取消債権者たる上告人の本件物件に対する登記請求は是認されるべきであり、それを否定した原判決は法律の解釈を誤るものであり、或は他の債権者の有無につき審理を尽さない違法のあるものである。<以下、省略>

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